活動内容

日本文化デザイン賞

第24回 沖縄 「AQUASIA -琉球の波-」(2001年)
 第24回 沖縄 「AQUASIA -琉球の波-」 (2001年)

[授賞委員長] 黒川雅之
[授賞委員]  野中ともよ     
  香山リカ
  北山孝雄
  サエキけんぞう
  坂井直樹
  水野誠一

日本文化デザイン大賞

中村修二(カリフォルニア大学サンタバーバラ校材料物性工学部教授)

[授賞理由]
中村修二氏は著書の中で「孤独と集中」こそが研究開発の要であり、また「経験と勘」が目標到達の鍵であると語っています。
誰の考えにも頼らず、一人で青色発光ダイオード(LED)の開発を成功させたのです。それはまさしく「国も会社も頼りにしない」、「頼りにするのは自分だけ」、という考え方を自らの行動で示しているように見うけられます。
電球の寿命が1年だとすると、LEDは10年、消費電力は10分の1。エネルギーに乏しい日本にとっては、画期的な発明です。所属していた日亜化学工業ではLEDの売上は300~400億円にも及ぶともいわれています。一地方企業にとっては大変な成果であり、開発した技術者に対する評価を見直さなければならないでしょう。
日本の閉塞感と先行きへの不安感は、「スター」が不在であることもその要因の一つではないでしょうか。世界に誇れるスターの存在が国の活力であるにもかかわらず、科学者や技術者、そしてイチローのようなスポーツ選手に至るまで優れた才能が海外に流出しています。
個性的で新しいことにチャレンジする人を育成する教育と社会の仕組みづくりが急務です。
暗記中心で平均的生き方が中心の社会から中村修二さんのような人が誕生したのは驚異ともいえます。


[受賞コメント]
私は過去いくつかの賞をもらつたんですけど、訴訟を応援するからあげるという賞は初めてです。
何故私が、この訴訟(青色発光ダイオード)をしているかといいますと、日本は個人が認められない国だからです。私が出した特許は全て会社のものになっています。実際の発明者は私なんです。その発明が個人に属さないかとして、戦っているわけです。この賞はその応援をして下さっています。ですから私が過去いただいた賞の中で一番勇気付けられる、非常に大事な賞だと思っております。

日本文化デザイン賞

北野宏明
(ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、
科学技術振興事業団北野共生システムプロジェクト統括責任者)

[授賞理由※当日欠席]
「2050年に、人間を相手にサッカー・ワールドカップで勝利する」という、誰にでもわかりやすい挑戦的なゴールを提示することによって、北野宏明氏が主催するロボカップは、世界中の研究者や学生が集まる一大イベントとなった。このゴールの実現のために、様々な分野の知恵が毎年集まってくる。
その結果、1997年にスタートしたこのロボットのサッカー大会は、すでに多くの人材を輩出した。
ロボカップ出身者は今、お互いに交流を保ちながら、世界中の研究の第一線で活躍している。
かつてはAIBOの源流となる研究にも参加した北野氏は、現在は科学技術振興事業団、北野共生システムプロジェクトのリーダーとして、次々と新しいコンセプトのロボットを発表している。
2000年に発表した、研究用プラットフォームとしてのヒューマノイドロボット「PINO」は、宇多田ヒカルのビデオクリップへの出演やおもちゃとしての発売など、一種のメディア・キャラクターにまで成長した。
科学者には2種類のタイプがいる。ひとりでこつこつと研究を続けるタイプと、リーダーシップを発揮して社会を巻き込んで研究をすすめるタイプ。
北野氏は明らかに後者である。
人工知能研究を一種の文化運動にまで拡大し、今もまた、新たな開かれたプロジェクトを次々と展開しつつある北野氏は、私達をどんな未来へ連れて行ってくれるのだろう。
50年の期待を込めて本賞を贈りたい。




名嘉睦稔(版画家)

[授賞理由]
人はあなたを「版画家」と呼びます。
でも、正体はもはや隠しようがありません。
「文化デザイン」という言葉に、領域や限界域などあてはめようがないのと同様、あなたの活動や存在は、単に「版画家」だとか「アーティスト」という枠に押さえ込もうというほうが無駄な抵抗というものです。
飛ぶ鳥の雌雄を見分け、蜥蜴(トカゲ)を眠らせ、海底数十メートルで、タンクも付けずに烏賊(イカ)やエイと遊ぶ。風の音や雲の動きに地球の声を聞き分けながら、三線(さんしん)を奏で、詩を編んでしまう。
台風の日には、どうしても空を飛びたいと、素っ裸になって暴風雨に立ち向かっていた少年だったからでしょうか。
田も畑も海も山も、全ての沖縄の自然(じねん)の力があなたの中で、あなたの魂となって躍動しているのが分かります。地球(ガイア)の全ての「命」の輝きと「哀しい幸福感」を、これからも縦横無尽に私たちに届けてください。
そう、あなたの正体は「地球科沖縄属睦稔種」(ガイアンオキナワニアンボクネンシス)なのですから。
その厚い掌(たなごころ)と、熱く燃えるやさしい魂のますますのご活躍を祈念しながら、ここに21世紀初の文化デザイン賞を授与いたします。


[受賞コメント]
僕がこのごろ絵を描いていて思うのは「絵というものはもう既にそこにあるんじゃないか」ということです。僕が描いているというよりは、絵はそこにあって、それを引っぱり出すのに僕や僕の手が介在している。そういう感想なんですね。
僕が使っている版木はシナベニアで、もとは巨木です。小さい頃から僕はとても木が好きで、だから木を材料に使うことが何か宿命のような感じがするんです。木は板になっていても樹木だった記憶をちゃんと残しています。ささくれや木目を手で触っていると、ザラザラする質感の中からそれが伝わってくるんです。そうすると、生き物を削っているという感覚があるんですよ。棟方志功先生は「木の魂を削っている」とおっしゃっています。僕は木の魂とまでは思わないにしても、木の生命の、ある何かにたよってやっているという感じはありますね。




村上隆とHIROPON FACTORY(アーティスト)

[授賞理由]
1962年東京に生まれた村上隆は,東京芸術大学で日本画を学んだあと、伝統の世界から一気にコンテンポラリー・アートの世界に飛翔する。
コンテンポラリー・アートのみならず、村上自身がかねてより好きだったというアニメやマンガなどいわゆるオタク文化を大胆に取り入れた作品は、日本のアート界に賛否両論の嵐を巻き起こした。
二次元の世界でときにはフィギュアやバルーンとなって三次元の世界で変幻自在の展開を見せるオリジナル・キャラクター<DOBくん>などに"日本の今"を感じ、いち早く熱狂したのは、むしろ欧米の人々であったかもしれない。
ボストン美術館で個展が開催されるなど文字通りメ世界をまたにかけてモ活躍する村上だが、日本ではユニークなアーティスト集団「ヒロポンファクトリー」を主宰し、若手アーティストの育成や展覧会企画を行うといった有能な教育者・プロデューサーの顔も持ち合わせている。
この秋にはファクトリーのメンバーも率いて東京都現代美術館で大規模な個展を開催するなど、その活躍はとどまるところを知らない。
しかし一方で、格闘技好き・妖怪好きといったお茶目な一面も決して手放さないのが、オタクの国ニッポンのヒーロー・村上隆の魅力である。


[受賞コメント]
ニューヨークのアートシーンでは、自分がいかに人とまったく違って、まったく新しい概念を見せる力があるんだということを言わなきゃいけない。その時に、一番の武器は作品じゃなくて人間なんですね。僕も今、新人のアーティストを見る時は、作品そのものより、その人の人間性と作品の関係を見ます。人間性を伝えるのは言葉です。英語が喋れなくても、とにかく伝えなければいけないわけです。
また、ニューヨークのアートシーンの根本に流れているのは、ユダヤ人が作ったアートビジネスです。その中でどこまで成功できるか実証してやろうと思ってやってきました。でも、僕はここまでしかできない。大きな変革のコンセプトを練り上げるのは、次のジェネレーションであると思うんです。

企業文化賞

柳井正(ファーストリテイリング代表取締役社長)

[授賞理由]
消費文化のパラダイムが大きく変革する中で、昨今、ユニクロの担う役割は大きい。
世間ではこのユニクロ現象を価格革命とか、価格破壊とか、いとも簡単に批評しようとしているが、価格革命と価格破壊では全然意味が違う。
単なる市場混乱を招くだけの安売りが価格破壊であり、ユニクロがあの価格と品質と感性を保ちながら、稀有なる高収益をあげている事実は明らかに価格革命であり、従来の衣服文化への挑戦でもある。
もちろん衣服文化がユニクロだけで代表されるものではない。
また片方で多くの批判が存在することも事実だ。
だが、衣服文化が両極性を持つとするならば、明らかにこのユニクロが片方の極を担いつつあることは事実であろう。
このユニクロを率いる柳井正氏は、山口県からスタートし、首都圏を制覇し,いまロンドンを皮切りに世界を視野に入れはじめている。
ユニクロ現象が世界に通用するか否かの正念場であろう。
21世紀初めての冬季オリンッピックの日本選手団ユニフォームがユニクロに決まったことは実に象徴的な文化現象とは言えまいか。
これからの生活文化への貢献を期待しつつ、企業文化賞を贈りたい。


[受賞コメント]

我々のユニクロが表彰されたのは、普通ではあり得ないことをやったからではないかと思います。我が社はファッションとはまったく縁のない山口県の会社ですし、今や繊維や小売業は景気が良くない、構造不況と言われる代表的な産業です。
しかし我々は「カジュアル産業」という新しい産業を自分たちで作りたいと思ったわけです。私は社員に「会社というものはもともと実体が無いので信用するな」とよく言っております。やはり今後は個人の時代ではないかと思います。個人が会社を活性化する、あるいは個人として生きることで会社が成長していく、そういう時代ではないかと思います。