活動内容

インターデザインフォーラム TOKYO 2023 VOL27
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2023年9月8日(金)

INTER-DESIGN FORUM TOKYO 2023 VOL26


昨年から始まった「対談シリーズ」の第3回目。JIDFのメンバー同士、あるいはゲストをお呼びしての、正面向き合った本気トーク。モノローグの深く自分と向きあったトークも大切ですが、人と向かい会った時に、予期せぬ化学反応が起きて、あらぬ彼方に話題が移行する、そんなスリリングな、予定調和のない展開をめざしています。一応今なんとなく気になっているキーワードを挙げてもらいますが、話がその筋書き通りに行くかどうかはわかりません。「腹の探り合い」「罠の仕掛け合い」、異種格闘技のような、話すことの大胆不敵、対談素敵な会になりますことを期待しています。

(黒川雅之)

■日時:
2023年11月10日(金)19:00開演(18:30開場)
■会場:
LOFT9 Shibuya(東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS)
■入場料:
前売 ¥2,000 /当日 ¥2,500 /学生 ¥ 1,000(ドリンク代込み)
■主催:
一般社団法人日本文化デザインフォーラム(JIDF)
■協賛:
株式会社博報堂/株式会社AOI Pro./
株式会社丹青社/大日本印刷株式会社/
株式会社テー・オー・ダブリュー/
株式会社TYO/株式会社東北新社/
TOPPAN株式会社/株式会社乃村工藝社/
株式会社ムラヤマ/感動創造研究所
■実行委員会/幹事会
水野誠一(理事長)
黒川雅之(副理事長)
中島信也(代表幹事)
芳賀直子(副代表幹事)
竹中直純(副代表幹事)
榎本了壱/エバレット・ブラウン/遠藤秀平/大谷宗裕/十一代 大樋長左衞門(年雄)/コシノヒロコ/サエキけんぞう/佐伯順子/庄野泰子/泊 三夫/蜷川有紀/蜂谷宗苾/マエキタミヤコ/マリ・クリスティーヌ/松島正之/宮本倫明
■開会の辞
水野誠一
■閉会の辞
黒川雅之
■司会
中島信也
■事務局長
山本裕久

【登壇者プロフィール】

  • マエキタミヤコ

    広告コピーライター/CMプランナー/クリエイティブディレクター 慶應義塾大学経済学部卒業後、広告代理店電通に入社。クリエイティブ局でコピーライターとCMプランナー。TCC新人賞受賞。97年より環境NGOの広告に取り組み、2002年に環境広告会社「サステナ」設立。エコライフスタイル誌『エココロ』創刊。2007年電通退社。サステナ代表取締役就任。NGO、市民グループ、テレビ局、環境企業、省庁、地方自治体など多様な主体、多岐にわたる媒体での、環境キャンペーンのネーミングや企画立案や制作を行う。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表幹事 (2001~)、「ほっとけない世界のまずしさ」2005年実行委員、ふゆみずたんぼ、大地を守る会、フードマイレージ、HIKESHI、bセンス、いきものみっけ、生活クラブ、エネシフジャパン、グリーンアクティブ、緑の日本、等手がける。京都芸術大学客員教授・東北芸術工科大学客員教授、東京外国語大学助教、立教大学・上智大学・慶応大学・放送大学・東京大 学非常勤講師を歴任。 石川県いしかわエコデザイン賞・副審査委員長 (2011~)。アクト・ビヨンド・トラスト助成選考委員。 全国エコメッセージ絵画コンクール審査員。産業技術総合研究所研究員。日本文化デザインフォーラム会員・幹事。東京コピーライターズクラブ会員・幹事。主著に 『エコシフト』 (講談社新書)。

  • 伊勢崎賢治

    東京外国語大学名誉教授/ジャズ・トランペッター 2001年、9.11同時多発テロ後、タリバン政権を崩壊させた米国・NATOの 占領政策の中で、日本政府特別代表として、アフガン軍閥(北部同盟)の武 装解除・動員解除・社会再統合を成功させた。国連キャリアとしては、国連シエラレオネ派遣団 (UNAMSIL)の幹部として、約五万人の反政府・親 政府民兵組織の解体を指揮、10年に及ぶ内戦の終結に貢献した。 それ以前には、独立間際の東チモールで国連暫定行政府 (UNTAET) の県知事を務め、国連平和維持軍・文民警察を統括し、同国を完全独立に導いた。伊勢崎の国際キャリアの基盤をつくったのは、世界有数の国際NGO、Plan Internationalの現地事務所長として、シエラレオネ、ケニア、エチオピアの3カ国の農村開発に従事したことである。 1990年、シエラレオネでは、 外国人が政治的要職に就くのは歴史上初であったが、故ジョセフ・サイドゥ・モモ大統領により同国第五の都市マケニ市の議員に任命され、内戦 勃発まで務めた。 伊勢崎は元々早稲田大学建築学専攻であり、日本を代表 する建築家・登山家・探検家、吉阪隆正の生前の最後の弟子である。吉阪 の死後、同大学院にて学業を続けるも、ある日の授業中に「権威におもねるのが建築家だ」と言い放った別の教授の一言で日本を見限る決意を固め、インドに留学した。それが伊勢崎の国際キャリアの発端となった。アフガニスタンでの生死にかかわる任務においてジャズに目覚め、プロのトランペット奏者として都内でライブ活動を行なっている。